放射能基礎統計学

標準偏差と標準誤差

標準偏差は標本間のばらつきを示しており、標準誤差は母平均の推定誤差を示す指標である。別の言い方をすれば,真の値からの誤差の推定範囲である。真の値を計測によって知ることは不可能であり,その実在すら疑わしい。真の値が存在するという前提を受け入れるには「神はサイコロを振り給わず」と言い切るが如き並外れた信念と想像力が必要なのである。このようなわけで,新しい国際標準化の動きとしては「真の値」や「誤差」という考え方は客観性を欠くものものとして,これを斥ける傾向のようである。ISOなど7つの国際機関による「計測における不確かさの表現ガイド」(GUM)では「誤差」や「真の値」といった言葉を「従来の考え方」というレッテルを張って葬っている。関連する国際規格もまたGUMの新しい考え方で置き換えられつつあるが,ここではさしあたりGUMを用いない。GUMの用語を使うと過去の文献が参照できなくなるためである。以降では,かかる信念と想像力に基づき話を進めていくが,統計はそもそもフィクションであるということを忘れてはならない。

標準偏差

時間あたりの計数値を1標本とした場合

単位時間tを1標本として、t単位時間の測定で累積計数値計Nが得られた場合の、計数率nと標準偏差σは次式で求められる。σは標本間のばらつきの度合いを示す。

"s0070_1.gif"

例1)1分間に100カウント観測された場合の計数率と標準偏差は

"s0070_2.gif"

※標本数が1個の場合、標本の偏差から標準偏差を求めると0になってしまうが、前述したとおり、計数値が大きければ、標本数1個でもポアソンモデルから標準偏差を推定できる。

例2)1分間の計測を10回行い、合計1000カウント観測された場合の計数率と標準偏差は

"s0070_3.gif"

"s0070_4.gif"

全計数値を1標本とした場合

計測時間tの計測を1回行った場合、計数値と標準偏差σを計数率で表すと次のような式になる。

"s0070_5.gif"

例4)10分間の計測を1回行い、合計1000カウント観測された場合の計数率nと標準偏差σ

"s0070_6.gif"

標準誤差

標本数が充分大きい場合、標本の平均値から母集団の平均値を推定できるように、標本平均の標準偏差から、母集団の平均値の範囲を推定することが出来る。標準偏差σで標本数xの標本平均の標準偏差は以下の式で求められ、無限母集団においては、、標本平均の標準偏差を母集団の平均値の推定範囲としみなしてよい。

"s0070_7.gif"

これを標準誤差と呼び、ここでは"s0070_8.gif"で表す。計測時間tで計数値Nが得られた場合の計数率と標準誤差は次式で求められ、全計数値を1標本とした場合の標準偏差と同値である。このように,標準偏差と標準誤差は、両者は本来異なるものであるが、2項分布における統計では、見方によって標準偏差とも標準誤差とも捉えることが出来るので、両者を混同しないよう注意が必要である。

"s0070_9.gif"

計数率nから標準誤差"s0070_10.gif"を求める場合は、

"s0070_11.gif"

例4)1分間の計測を10回行い、合計1000カウント観測された場合の平均値と標準誤差"s0070_12.gif"

"s0070_13.gif"

計測時間を増やすことにより誤差は減少する

計測対象の放射線量が低い場合,値のばらつきが大きくなるのがGM計数管の特性である。そのような状況下で計測する際,信頼できる値を得るには,計測時間を増やす必要がある。以下の表は,30cpmの時の標準誤差を示したものである。表から計測時間の増加に伴ってばらつきが減少することが分かる。

Graphics:測定時間によるばらつきの減少

ガイガーカウンターの計数率表示から標準偏差を求める場合

ガイガーカウンターの計数率(cpm, cps)表示は過去1分間のデータをサンプリングしているとは限らないので、計数率nの標準偏差は"s0070_15.gif"とは限らない。

デジタル式(移動平均方式)

計数率計が過去の移動平均から計数率を算出する方式の場合,、平衡状態での標準偏差σは、移動平均の算出時間tに依存する。平衡状態に達するまでには移動平均の算出時間と同じ時間を要する。

"s0070_16.gif"

例5)過去30秒間の移動平均からcpm値を算出するガイガーカウンターで計数率100[cpm]の時の標準偏差は

"s0070_17.gif"

アナログ式(一次遅れ系)

アナログ式の場合、平衡状態での標準偏差σは積分回路のインピーダンスRC(=時定数τ)に依存する。平衡状態に達するまでには、時定数の数倍の時間を要する。

"s0070_18.gif"

例6)計数率計の時定数が30秒で計数率100[cpm]の時の標準偏差は

"s0070_19.gif"

多重計測

x回の独立した計測を行った場合,標準誤差"s0070_20.gif"は,上記の式より,

"s0070_21.gif"

"s0070_22.gif"

すなわち,誤差を2分の1にするには。計測回数を4倍にする必要がある。

信頼区間

前述したとおり,正規分布は平均から±σの範囲に全体の68%が入るという関係が成り立っている。標準偏差は,標本の値の確率分布を表し,標準誤差は母集団の平均値の推定範囲を標準偏差で表したものである。すなわち,母集団の真の平均値が±σである確率は68%ということである。このような考え方を信頼区間または信頼度と呼び,2σや3σがよく用いられる。

2σ 信頼度95%
3σ 信頼度99.7%

という関係が成り立つ。

標準偏差の四則演算

標準偏差を含む計測率の加減乗除は,誤差の伝播式よりつぎのように求められる。

"s0070_23.gif"

標準偏差と標準誤差の使い分け

放射線関連の文献は特に、標準誤差と標準偏差を混同する傾向が強い。誤用とまでは言えないかもしれないが、やはり紛らわしい。ほとんどの場合は、文脈や式からどちらのことを指しているのか判断出来るが、例えば「10分間の計測で30cpm、標準偏差は3cpmでした」というポアソンモデルによらない実測データは、暗黙のうちに1分間の偏差を集計している場合もあり、標準偏差とも標準誤差ともとれるので、どう判断していいか分からない。やはり、標本間のばらつきを示すときは「標準偏差」、母平均の推定誤差を示すときは「標準誤差」と言葉を使い分けるべきだと思う。

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